【あるある】人一倍セミとの思い出がある【セミ恐怖症】

癒やされるはずの木の近くで怯えるなんて あるある
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多分セミにモテてる

「仲間や同僚などと数人でいるのに、わざわざ一番セミを苦手としている自分にぶつかってきた」

「人混みの中で自分の方にまっすぐ飛んできた」

「前を歩く人には何もなかった場所を、自分が通ろうとした時だけ死角からセミファイナルが発動した」

など、セミ恐怖症の方なら一つは「なぜ自分だけ?」というエピソードを持っている事が多いようです。

筆者もその一人で、セミが平気な夫とでかけても、しょっちゅう自分だけセミの被害を被ります。はじめは「意識しているから多く感じるだけだよ」と言っていた夫も、今は「もうセミに好かれてるとしか思えなくなってきた」と言うほど。

そうなんです、完全に奴ら狙ってこっちに来ているんです。叶わない恋を豪速球で投げつけられてる気持ちってこんな感じなんですかね…

信じてもらえない

上記の通り、他者から「意識するからだよ」と思われるor言われる事が多々あることもセミ恐怖症あるあるですよね。きっとセミとの思い出の中に意識したせいで”自分だけ”と感じたのであろう事実があるのはこちらも承知なんです。

わかってるんです。ただ、人生におけるセミエピソードが明らかに人より多いのもこれまた事実!嘘なんかじゃないんだ!と叫びたくなりますよね。そういうときに説得力を増すのがセミという生き物に対する知識だったりします。

よく「セミは刺したり噛んだりしない」「毒があるわけでもない」なんてこちらを慰めよう(?)としてくださる方もいらっしゃいますが、我々のセミ知識をナメないで頂きたい。

少しでも恐怖心を和らげようと、セミのことを知ろうと努力しているセミ恐怖症の方は少なくないのです。刺さないことも、ヒト敵対生物でないことも、我々は知っている!

…そしてそれでも怖くてしょうがない。これがセミ恐怖症なんです。

なぜ嫌いな人にわざわざぶつかるのか

では、事実としてセミ恐怖症の人がそうでない人に比べてセミにぶつかられる確率が多いと仮定します。これにはセミの習性に理由があるようで、これには諸説あります。すでにご存知の同志も多いとは思いますが、筆者が一番可能性が高いと感じた説を紹介します。

それはセミの”視力が弱い””飛行能力が低い”2つの特徴から起因する【立ち止まる人と木の区別がつかないまま飛来し、気付いた時には止まることができない説】です。

つまりセミの音や姿に硬直した我々を、木などと見間違えて止まろうと向かって飛んだものの、直前で「あれ?これ木じゃない!?」と気付いた時にはブレーキが効かず、そのままぶつかってしまう…というものです。

これをアホかわいい〜なんて笑えたら簡単なんですけどね。筆者は今打ち込んでるだけなのに鳥肌立ってます。(読んでても不快でしたらすみません)

状況があるあるどころじゃない…。ここから”追いかけられる”の謎もとけそうです。

走っても追いかけられる

上記の説では”硬直した我々”と表現しましたが、「セミの音が聞こえたら止まるどころか走って逃げてるよ!」「歩いてるときに向かってくることもあるよ!」という同志も多いのではないでしょうか。筆者はこちらの意見ももちろん持っています。体験済ですので。

これは想像の域を出ないのですが、これも”セミは視力が弱い””セミは飛行能力が低い”という性質で説明できると考えています。

例えば、飛行中のセミから見て正面⇔奥方向へ歩く人がいれば、”視力が弱い”セミから見てその人が動いてるかどうかわからない可能性がありますよね。

更に逃げる方向はセミが向かってくる反対側の可能性が高い。そうなるとセミが「これ動いてる?」と認識できる距離に近づいてくるまで、セミと同じ方向へ移動する(我々からしたら逃げている)ことになります。

そして”視力が弱い”セミがこちらを生物だと認識できる範囲まで追いついたとして、”飛行能力が低い”為、方向転換も止まることもできずにそのまま…という寸法です。

どうでしょう?追いかけてくる原因すべてがこの説で説明できるとは思えませんが、このパターンも往々にしてありそうですよね。

ちなみに、飛行中のセミからみて左⇔右方向へ歩いているのにぶつかってくるパターン、つまり我々が歩いているときに真横からぶつかってくる事もあると思いますが、そちらに関しては・・・

・・・ええ、我々はセミに愛される星に生まれたのです。

ぶつかる理由よりもぶつかられない理由

が知りたいですよね。筆者もそう思います。前述した習性から考えるに、セミが怖くない方々はまず

①セミの音や姿を補足しても硬直しない②セミが飛んできても逃げない ので、

”そのまま動き続ける”ということになります。そうすると、”視力が弱い””飛行能力が低い”セミの習性のためにぶつからないという真逆の現象が起こっていると考えられるんですよね。

動き続けていればセミが到着するときにはその場にとまろうと思っていた物(人)がない、逃げていないのでセミの進行方向と違う方向に移動しているので追われる形にもならない(横切ることはあるかも)。

極めつけは”そもそも意識していないから例えぶつかっても気づかない”こともあるという…。この部分が「意識してるから多く感じるんだよ」に含まれているんだと筆者は解釈しています。セミ恐怖症の方でセミにぶつかられたことに気付かない人はほとんどいないのではないでしょうか。

幸か不幸か、これは全方向警戒している我々の習性です。

ぶつかってくる以外の思い出もいっぱい

『セミと私の百日戦争』のようなタイトルで出版できるくらいにはエピソードを持っているのが我々セミ恐怖症ですよね。畏怖の対象となったきっかけのエピソードなんて語りだしたら止まりません。そして驚くほど共感も同情もしてもらえない。それがセミ恐怖症です。

ぶつかってきた以外の”セミ恐怖症の人を狙ってるとしか思えない”エピソードだっててんこもり。「みんなで荷物をおいていたのに、わざわざ自分のバッグにセミが落ちてきた」「街路樹も少ない大都会の人ゴミを歩いていたのにピンポイントで自分がセミを踏んだ」「部屋がたくさんあるマンションでなぜか我が家の前で止まっている」など、前述した習性だけでは説明しきれない事も多いですよね。

もう筆者は「そういう星に生まれたんだ…」と諦めていることもしばしば。セミに愛される事は苦行を超えて地獄です。もう君たちとの思い出はお腹いっぱいなんだよ、ひと夏の思い出づくりは他所でやってくれ…頼む…!!

まとめ

セミに愛されてしまった我々はもう選ばれし愛の戦士なのかもしれません。できれば金に愛された選ばれしセレブになりたかった…という本音は押し殺して、毎夏戦いの日々に勤しんでいきましょう。

大丈夫です。我々には同志がいます。周りにいなくても、インターネットの海を泳げばたくさんの同志が情報の共有をしてくれています。怖くて辛いときはできるだけ安心できる場所に引きこもったり気をそらして自分を労ってくださいね。

とりあえず筆者は路上で向かってくるセミをサイドステップで避けられるように訓練してみようと思います。

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